記憶


あれは何年前のことだろう。

もう15年くらい経つだろうか…

月日は流れるのは早いということがこの歳になると痛いほど分かる。

でも、どれだけ月日が流れようがあの時あの場所での出来事はこれからも忘れることはないだろう。

 

 

 

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「シュッシュッシュッ!」(ティッシュ音)

「うっ!…ふぅ〜……」

僕は動画を止め、ベットに倒れ込んだ。

少し達成感と少しの罪悪感を抱えながら、

僕は天井を見上げていた。

 


「はぁ〜…今日も終わったなぁ〜」

 


今日から高校3年生なるというのに

いつもと変わらない毎日。行為。

 


今年は受験の年。

そう思いながら勉強机を見るが、

ただ見つめるだけで身体が動かない。

現実逃避ってやつだ。

 


「もう寝よう…」

 


そう独り言を言って罪悪感が残ったまま

僕は電気を消した。

 

 

 

僕が通う高校はいわゆる進学校で、

殆どの生徒が大学に行く。

 

決して頭がいい高校とは言えないが、

みんな自分の行きたい大学のために

切磋琢磨しながら頑張る風習があるため、

進学率は高い高校だった。

 

 

 

でも、僕はその風習があまり好きではなかった。

別に切磋琢磨する友達がいないわけではない。

ただ、自分の中で勉強は一人でするものであって、友達と切磋琢磨しながら勉強することがどこか時間の無駄と感じがしていた。

 

 

 

授業が終わり、すぐに参考書を開いて友達と勉強し始めるクラスメイトをよそに僕は学校を後にした。

 

 

 

「みんな真面目だな…」

 

 

 

ヒトがやる気を持って行動できる要素はそれぞれ違う。

 


・夢がありそれを達成せんとする野心

・ヒトに遅れを取りたくないという焦燥感

・みんながやっているからという義務感

 


そのどれにも当てはまらない僕は終わってるのか?

 


そう思いながら下を向きながら歩いていると、公園のベンチにおそらく僕より少し年上の女性が座っていた。

 

 

 

髪が長く、スタイルも良くて、茶髪がよく似合っている女性だった。

 

 

 

僕は一瞬で恋に落ちた。3秒。

 

 

 

ヒトが恋に落ちる瞬間もヒトそれぞれだが、

僕は「一目惚れ」だった。

 

 

 

「あの〜すみません…」

 

 

 

ハッとするとその女性が僕の目前に立っていた。

 


「あっ!はい!」

 


女性が近づいてくることに全く気付いていなかった。

彼女を見た瞬間から時間が止まっていたようだった。

 


「この住所ってどこかわかりますか?」

 


そう言って女性は僕に紙を見せた。

その住所はぼくの家の近くだったため、

その女性に口で道順を教えた。

 


「ありがとうございます……」

 


女性はそう言いながらも

どこか自信なさげな顔をしていたので、

勇気を出して

 


「帰り道なので案内しましょうか?」

 


と尋ねた。

 


すると女性は「いいんですか?!」

と目を輝かせて僕を見た。

 


僕は少し照れながらも「じゃあ、こっちです」と言って一緒に歩き出した。

 


恋に落ちたばかりの人と一緒に歩けるなんて

これって運命?と心躍らせながら歩いていると

 


「君、高校生?」

と女性が聞いてきた。

 


「はい!」と答えると、「何年生?」と聞いてきたので「3年です」と答えると「じゃあ今から行くところの子と一緒だ」と言った。

 


「もしかして、家庭教師ですか?」

 


「そうだよ!今日からなんだ!」

 


「へぇそうなんですか!」

 


「どんな子なんだろうなぁ〜」

 


「いい学生だといいですね!」

 


そう言いながらもその学生を羨ましがっている自分がいた。

 


「家庭教師って時給いいって聞きますもんね」

 


「そうだね!でも私、お金より夢のためにやるって感じかな!」

 


「夢ですか?」

 


「私、先生になるのが夢なんだ!だから、大学でも教育学部を専攻してるの!」

 


「先生ですか…いいですね!」

 


「ありがとう!」

そう言う女性の目は輝いて見えた。

 


「やっぱり、教師を目指す方って家庭教師をやるんですね!」

 


「そうだね…私の友達も早い段階から家庭教師やっててさ、その友達を見てたらなんか焦ってきちゃって私も始めてみたの!」

 


そう言う彼女は自分にはない生き生きさを感じた。

そして、この女性は僕が今足りないものをすべて持っている気がした。

 


それがまた彼女を惹かれさせる要因になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここだと思います!」

 


そう言うと彼女は住所が書いてあった紙を見た。

 


「うん、ここだ!わざわざありがとね!」

 


そう言って僕に少しのお辞儀をすると、すぐに彼女はそのお宅に入っていった。

 


「行っちゃった……」

 


そう言いながら僕は彼女の背中を見ていた。

幸せな時間。瞬き。

 


おそらくあの彼女と一緒に歩いた時間は10分程度だっただろう。

 


その10分は一瞬で儚いものだが、その思い出は永遠に僕の中に残りそうな気がした。

 


その後、僕は家に辿り着いてベットに寝そべっていた。

 

 

 

今日も勉強はしなかった。

でも昨日は明らかに違っていた。

幸福感や満足感というものが満ち溢れていて昨日どんよりしていた天井が今日は輝いて見えた。

 


その日、家庭教師モノでヌいたかどうかは敢えて言わないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


次の日、いつも通りに学校に登校した僕だがふわふわ気持ちはあの彼女と別れた時から抜け切れずにいた。

 

 

「今日も会えないかな〜…」

と誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟きながら僕は窓の外を見ていた。

 

 

 

 


キーンコーンカーンコーン……

 

 

 

 


「よーし授業始めるぞ〜!はい日直!」

 

 

 

(げっ!そう言えば1限目森の授業だ…)

 


生物教師の森。

僕はこの教師があまり好きではない。

 


「いいか?今日は植物の受精についておさらいするぞ!」

 

 

 

(始まったよ……)

 

 

 

この森は「変態森」として学校では有名だ。

 


「いいか?女子のやつはよく聞いておけよ!おしべを触るとな、ネバーネバするんだぞ!」

 


そう言いながら、森は人差し指と親指をつけては離す動作を繰り返した。

 


「先生、気色悪い〜」

 


「何言ってんだ!「百聞は一見にしかず」ってことわざがあるだろ!それと一緒で「百聞は一触にしかず」なんだよ!お前らもいろんなものを触っとけよ!」

 


そう言う森の手つきは男性器を触るそれだった。

 


(マジ無理なんだけど…)

 


周りから女子同士で小声が聞こえてくる。

 


僕は別に下ネタが嫌いというわけではない。

友達と言い合う分はむしろ好きだ。

 


でも、こんな異性がいる場でリアクションしづらい授業中に下ネタを言われてもどのように反応すればいいか分からないし、それで巻き込み事故にあったら気分が悪い。

 


だから、僕は森の授業は出来るだけ心を無にして下を向くことを徹底している。

 


「いいか?この部分はテスト出るからしっかり復習しておくように!」

 


そう言う森の顔はニヤけていた。

 


(森なら出しかねないな…)

 


そう思いながら、僕は教科書に小さいマークを付けた。

 


こんなセクハラ発言を連発している変態森だが、学校内で森は童貞という噂が流れている。

 

どこからそういう噂になったか、それが本当かどうか分からないが、それをわざわざ確かめようとも思わなかった。

 


ただこの噂が本当ならもう気持ち悪いの度を超えていると思った。

 

 

 

そういうこともあってか、僕は教師という職業に偏見がある。

 

もちろん、森のようなセクハラ発言しない先生も沢山いるし、森のような存在は極めて稀だとは分かっている。

 


でも、一つのくくりの中に自分の中の悪が一つでもあるとそのくくりが全て悪に見えてくる。

 


そして、それは僕だけでなく全ての人間に共通することだと思った。

 


(彼女はこんな森みたいな教師に会ったことないんだろうな…)

 


そう思いながら、僕は教壇に立つ彼女を想像した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校が終わり、僕はいつも通り居残りもせず教室を後にした。

 


その日の足取りは明らかにいつもより早かった。その理由は考える必要もなかった。

 


(今日も会えないかな…)

 


今日一日そのことしか考えていなかったからだ。

 

 

 

公園に着いた僕は昨日彼女が座っていたベンチを見た………しかし、彼女はいなかった。

 


「やっぱりそう上手くはいかないよな…」

 


そう呟いて、僕は小さくため息をつくと

「こんにちは!」という声が聞こえた。

 


後ろを振り返るとそこには昨日の彼女がいた。

 


「あっ!こんにちは!」

 


「また偶然ですね!」

 


「そうですね!今日も家庭教師ですか?」

 


「うん!そうなの!」

 


「そうなんですか!毎日大変ですね!」

 


「そんなことないよ!昨日も楽しかったし!」

 


彼女の顔からしていい学生さんだったんだろう。

 


「ここで何してるですか?」

 


「ちょっと早く来すぎちゃったから公園で時間潰ししてたの!」

 


「あっ!そうなんですね!」

 


「でも、もうすぐ時間だから行こうかな!」

 


そう言うと彼女は腕時計を見た。

また一緒に帰れるチャンスが巡ってきたと思った僕は思い切って

 


「なら、また一緒に行きましょうよ!」

 


と誘った。すると彼女は笑顔で頷いてくれた。

 


おそらく、まだ僕が学生だからそんなに警戒してないだろう。

 


そう思うと少し胸が痛んだが、でもまた彼女と歩けることに嬉しさを感じていた。

 

 

 

夕陽が綺麗にうつる春空に昨日と同じ道を僕たちは歩いていた。

 

 

 

「なんで教師になりたいと思ったんですか?」

 


「うーん…高校時代に尊敬できる先生と出会ったからかな!」

 


「へぇ〜、夢になるくらいだから凄くいい先生なんですね!」

 


「そうだね…」

 


そういう彼女の顔はどこか幸せそうな顔をしていた。

 


僕は彼女にこんな顔をさせるその先生に勝手に嫉妬心が湧いていた。だから、彼女の気持ちが知るために


「その先生のこと好きだったんじゃないですか?」

 


僕は冗談まじりな言い方で彼女に尋ねてみた。

 


すると、彼女は笑って

 


「教師と生徒だよ!それにその人おじさんだよ!そんなことはないよ!」

 


と返したので、僕は少し安心した。

 


「じゃあ着いたから行くね!」

 


「はい!今日も頑張ってください!」

 


「うん!ありがとう!」

 


そう言って彼女は家に入っていった。

 


彼女を見届けた僕は昨日みたいなふわふわ感はなく、どこか焦りのようなものを感じていた。

 


「憧れの教師かぁ〜…」

 


そう呟いて僕は家へと歩き始めた。

 


教師が彼女の人生に大きな影響を与えたことになぜか嫉妬心を抱いてしまい、僕はまた教師が少し嫌いになった。

 

 

 

 

 

 

 


「ただいまぁ〜」

 


家に着いてリビングに行くと、テーブルの上にチラシが置かれていた。

 


そのチラシには「代々木ゼミナール」と書いてあり、チラシの横には申込書を置いてあった。

 


「あら、おかえり」

 


「これなに?」

 


と母親に聞くと、案の定、受験の為に塾に通うように言われた。

 


「え〜、嫌だよ〜」

 


「嫌じゃないよ!あんたどうせ勉強してないでしょ!学校も終わったらすぐ帰ってくるし、家でも勉強してる感じがしないし、あんた今年受験生よ?分かってる?」

 


「分かってるよ!」

 


「なら、行きなさい!後で後悔しても遅いんだから!」

 


そうこう言い合っているうちに

とりあえず体験入学を行って判断するというのはどうかという提案に僕は渋々承諾し、早速明日、半ば強引に体験入学に行くことになった。

 

 

 

 


「はぁ〜〜〜…」

 


いつも通り学校が終わったが、この日は

大きなため息を吐かずにはいられなかった。

 


(もしかしたら今日も会えたかもしれないのに…)

 


そう思いながらも僕は渋々学校から直接塾に行くことにした。

 

 

 

「英語はイメージで捉えるんだ……」

 

 

 

塾の先生は熱意ある教師ばかりで、今の僕には温度差を感じずにはいられなかった。

 


受験に本腰を入れている人ならこの熱意が心地よく感じるのだろうと思いながら僕は必死でノートを取る受講生を横目にただ先生の授業を聞いていただけだった。

 


長い体験入学も終わり、塾を出た時には22時を回っていた。

 


こんな生活を1年続けたら死ぬんじゃないか?と思いながら僕はまた大きなため息を吐いた。

 

 

 

「さっさと帰ろう…」

 


どうせ帰っても母親に塾の話があるのだろうと憂鬱な気持ちはあったけれど、それ以上に疲れていたので「とりあえず早く帰りたい」という気持ちが強かった。

 


塾が駅前にあるってこともあり、帰りの道中、居酒屋を沢山見かけた。

居酒屋の前では酔っ払いのサラリーマンが大きな声で喋っており、それを見て「いつか自分もこうなるのか…」と少し悲しい気持ちになった。

 


そうこう思いながら帰っていると、ある居酒屋から見覚えのある女性が出てきた。

 


「家庭教師の女性だ!」

 


あの綺麗な長髪で、スタイルもよく何より茶髪が似合う女性はあの人しかいない。

 


僕はこれまた運命だと思い、思い切って「こんばんは!」と駆け寄ろうとした時、その居酒屋から男性が出てきた。

 


僕は咄嗟に物陰に隠れた。

そして、彼女と居酒屋から出てきた男の会話に聞き耳を立てた。

 


「先生、今日もごちそうさまです!」

 


(先生?……)

 


「いいよいいよ!俺もお前と飲みたかったし」

 


「ほんとですか?それなら嬉しいです♡」

 


明らかに僕と話すときと違う声色の彼女。

女を感じずにはいられないその声に僕は胸が締め付けられていた。

 


(たぶん、高校時代の憧れの先生なんだろう…)

 


そう思った僕はその顔を一目見てやろうと思い、そ〜と2人の様子を覗き込んだ。

 


しかし、僕の目に映ったのは信じられない光景だった。

 

 

 

(えっ、、森、、、)

 

 

 

彼女の隣にいたのはあの生物教師の森だった。

 


「えっ?なんで?」

 


僕は現状を全く理解できなかった。

 


「じゃあ、行くか?」

 


「はい♡」

 


そう言って2人はネオン街へと歩き始めた。

 


(えっ……嘘だろ……)

 


僕は現状を理解できないまま、ほぼ無意識に2人の後を追いかけていた。

 


後ろから見る2人は教師と元生徒という関係には到底見えなかった。

 


2人はあるホテルの前で止まると、そのまま手を繋いでそのホテルに入っていった。

 


2人がホテルに入るのを確認した後、僕はそのホテルの前に立った。

 


「お勉強部屋………」

 


そのホテルの名前を見た僕は、一瞬「塾かなにかかな?」と思った。

 


でも、そのホテルの入り口前には「休憩3時間………」と料金表があり、僕はラブホテルということを確信した。

 

 

 

その後のことはよく覚えていない。

 

 

 

あの後、どうやって帰ったのか?

帰った後、母親と何を話したのか?

次の日の学校でどんな授業を受けたのか?

 


全く覚えていない。

 


でも、学校の帰り道。僕は気がついたらあの公園にいた。

 


彼女を初めて見たベンチ。そのベンチを見るとあの日と同じように彼女が座っていた。

 


僕がそのベンチに近づくと彼女が僕に気づいてあの優しい笑顔を僕に向けてこう言った。

 

 

「こんにちは!」

 

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その時、僕の中で何が壊れる音がした。

 

 

 

 


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あれから十数年経つが、

あの日のことは昨日のことように

鮮明に覚えている。

 

 

 

 

 

 

 


おっと、自己紹介するのを忘れていたね。

 


僕の名前は「内田」。

32歳童貞の教師だ。

 


今日から新学期。

大学受験を控える3年生の担任を任された。

 


「こんな時期に新入生か…」

 


外は雨。幸先悪いスタートだが関係ない。

 


俺が受け持つ生徒は大学でイカせてやる!

 

 

僕は少しニヤけて教室の扉を開いた。

 

 

 

 

 

作者:弁朕