オレンジジュース

体育館の裏、そこが俺の唯一の居場所な気がする。すべてを忘れるこの空間が俺を俺らしくしてくれる気がした。

 


だから、俺は昼休みになるとそこへ行き、昼食を食べる。

 


昼食はメロンパンとオレンジジュース。

 


なぜ、メロンパンとオレンジジュースなのかは俺にもわからない。

ただ、なんとなく毎日これを買ってしまう。

 


俺「甘酸っぱい…」

 


オレンジジュースの甘酸っぱさは恋の味と言うがそう思った事は一度もない。

 


俺も恋はしたことがある。

 


だが、甘酸っぱいと思ったことは一度もない。だから、「恋は甘酸っぱい」ということはあまり信じていない。

 


外は桜が散り始めていた。昼休みに入ったので、俺はいつものように体育館裏に行くとそこに男と女がいた。

 


「ごめん、俺、好きな人ができた…お前とはもう付き合えない。だから、さようなら」

 


どうやら別れ話のようだ。こんなことを俺の唯一の居場所でしないでほしい。そう思いながら2人を見ていると

 


「そっか………わかった。今までありがとう」

 


女はそう言って、男はまた「ごめん」とだけ言い、その場を立ち去った。

 


女は立ち去る男の後ろ姿を見つめていた。

 


俺はその女の姿をただ見ていた。

すると、女が俺に気がついた。

 


俺は咄嗟に

俺「ごめん!聞くつもりはなかったんだ」

 


俺はそう言うと女は笑顔を作って

 


女「こっちの方がごめんね。嫌なもの見せたね」

 


と彼女が言ったので俺が「そんな事ないよ」と言おうとした瞬間、彼女の瞳から一粒の涙が見えた。

 


見えたと思ったら、その粒は多くなり、まるで雨のように彼女の瞳から溢れ出した。

 


彼女「ごめんね…」

 


俺は突然の事で驚いてしまい、涙を流す彼女をただ見ているという時間が続いた。

 


すると、彼女がポケットに手を入れてハンカチを探し始めた。

 


俺は急いで自分のポケットに入っていたシワくちゃのハンカチを渡した。

 


彼女は「ありがとう」と言って涙を拭いた。

 


「こんなことならちゃんと洗濯して綺麗にしとけば良かった」と思いながら泣き続ける彼女をただ見ていた。

 


いや、見ることしかできない自分がいた。

 


でもこれではいけないと思い、泣き続ける彼女を慰めるために買ってきたオレンジジュースを手に取り

 


俺「オレンジジュース飲む?」

と聞いた。

 


しかし、彼女は横に首を振った。

 


俺は「そっか」と言い、それならと思いオレンジジュースにストローを刺し自分で飲むことにした。

 


オレンジジュースはもう温くなっていた。

 


温くなったオレンジジュースはやはり美味しくない。

 


そう思っていると、彼女が「オレンジジュース好きなの?」と訊いてきた。

 


俺は「普通かな」と答えると、

彼女は「私は好き」と返した。

 


俺「えっ!!なら、どうしてさっきオレンジジュースいらないって言ったの?」

 


彼女「今飲んだら切なくなりそうだから」

 


俺は軽率なことを言ってしまったことを反省し、「ごめん」と彼女に言った。

 


それに対して彼女は「全然!気持ちは伝わったから」と答えて逆に俺を励ましてくれた。

 


俺は何やってんだと思っていると彼女から

 


彼女「オレンジジュースって恋の味だよね」

 


と言ってきた。でも、俺は正直に

俺「俺はあまりわからないな」

と答えた。

 


彼女「ほんとに?君って恋したことないの?」

俺「あるよ!でも、甘酸っぱいと感じたことはないよ」

彼女「なら、本当の恋をしたことないんだよ」

「本当の恋…」その言葉が俺の胸に刺さった。

 


「俺って本当の恋をしたことあるのか?」と考えていると、授業10分前を知らせるチャイムが鳴った。彼女は立ち上がり、俺の顔を見て

彼女「君、名前なに?」

と聞いてきたので俺は慌てて

俺「田中!2年8組」

こういう事に慣れていない俺は「なに訊かれていないクラスまで言っているんだ、我ながらマジきもい」とちょっと死にたい気持ちになっていると

彼女「隣のクラスじゃん!私、木下!7組だよ!」

と彼女はそんなことで何も引かずに返してくれた。

 


俺は少し安堵して「そうなんだ」と答えた。

 


が、それから話を続けられそうにない自分に気づき、この場から早く立ち去りたいと思いそのまま彼女に「じゃまたね」とだけ伝えて立ち去ろうとした。すると、彼女はそれを引き止めるように

 


彼女「今日はありがとう!なんか田中くんと話せてちょっと気が楽になった!」

 


帰る俺に向かって言ってきた。俺は

俺「別に俺は何もしてないけど、お役に立てたならよかったよ」

と言って再度振り抜いて立ち去ろうとすると

彼女「ねぇ!またここに来たら話せるかな?」

と彼女が訊いてきた。俺は自然と

俺「うん!大体いるよ!」

と答えてしまった。それを聞いた彼女は

彼女「そっか」

と笑顔で言い、先に教室へ帰って行った。帰っていく彼女を見ながら、俺はなに自分の居場所を軽々しく言っているんだと後悔した。

 


それからというもの、彼女は昼休みになるとちょこちょこ体育館裏に顔を出すようになった。俺は正直、一人で居られるこの場所での時間が好きだったから彼女が来る事に嫌な気持ちはあった。けれども、彼女と話することは嫌いではなかったから複雑な気持ちであった。

 


そんな日が続いたある日の昼休み…彼女は突然、俺にこう言った。

 


「私、好きなの人ができた!」

 


彼女の幸せそうな顔から見てこれは本当だろうと思った。俺は「良かったね」言って、メロンパンを一口嚙り、「で、誰なの?」と訊くと彼女は5組にいる木村と答えた。どうやら、同じ委員会で話をする内に惹かれていったらしい。

それからというもの、昼休みになれば俺ところに来て木村の話をしてきた。木村の一挙一動の行動に対して想いを弾ませたり沈ませたりしている彼女を見て、「なにやってんだよ」と少し呆れながら話を聞いていた。

 


そんなある日、帰宅しようと教室を出て玄関に向かう途中、委員会に行く彼女と木村の姿を見た。木村の隣にいる彼女はとても幸せそうだった。そんな幸せそうな彼女の顔は今まで見た事ない顔だった。しかし、そんな彼女の顔を俺はなぜか見る事ができなかった。その時をきっかけに俺は彼女の話を正面から受けとることができずにいた。

そして、いつもと同じように彼女は体育館裏に来て、木村の話をし始めた。幸せそうに木村の話をする彼女の顔を見ているとあの下校の時に見た彼女の顔をふと思い出した。その瞬間

 


「そんなに好きなら俺なんかのところに来ないで、木村に告白してこいよ!」

 


と声を上げてしまった。なぜ、俺はそんなことを言ってしまったのか自分でもわからない。俺はすぐに我に返り「ごめん」と言うと、彼女は俺を見て

彼女「そうだよね!ありがとう!私、告白するね!」

と言ってそのまま立ち去っていった。その時、彼女は俺に背中を押して欲しかったのだと気付いた。

俺が背中を押して、数日後、2人は付き合い始めたという噂を耳にした。俺はこれでいつものように一人で体育館裏でご飯が食べられる生活に戻れると思った。だけど、心が晴れない。本当なら嬉しいはずなのに…………

 


その日の昼休み、いつものように売店に行きメロンパンとオレンジジュースを買って体育館裏に行こうとした。でも、その日は体育館裏に行く前にどうしてもオレンジジュースが飲みたくなった。体育館裏に行く通路を歩きながらオレンジジュースにストローを挿し、オレンジジュースを飲んだ。体育館裏に着くとそこには彼女いた。そして、

 

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「木村くんと付き合うことができたよ」

そういった彼女の顔はまた今まで見た事のない顔だった。

そして、その時に飲んだオレンジジュースはいつもよりとても甘酸っぱく感じたんだ。

そんな高校2年生の夏だった  ーーーー

 


セミ「キーモティンティンティンティン…」

 

 

 

 

作者:弁朕